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ネーポンが消えた??

あの故中島らもがおののいて、エッセー
「西方冗土-カンサイ帝国の栄光と衰退」で
書き綴った『アジアコーヒ』
出てきたネーポン
これを製造していた鶴矢食品研究所(神戸市兵庫区)が
'07年2月末で廃業になるらしい。
やっぱり'97年にアジアコーヒのオバチャンが
入院したのが痛手か・・・

あのアヤシイ『喫茶店』とは常識で考えて『言えない』
よく食品衛生法に引っかからなかったなと思うような店(爆)
asiacoffee

ま~タダものじゃない・・・
京橋の方は、店が崩れかかってるってか
アヤシイオッサンがやってて
イマドキ蝿とり紙なんかが
天井からぶらさがってるという・・・

もう一件は、オバアチャンだっけな、(写真はその
オバアチャンの方だったと思う)両方とも
『すいませ~ん・・・』と何回か言って入っていかないと
おっかなかったような気がする・・・いやはや。
でもって信じられないのだけどテーブルが一つだけ
しかも、出されるコップとか洗ってるんじゃろか(冷汗)??
というアレで
まぁ、食べ物食べたワケでなく、『ネーポン』だけだったので
被害甚大でなくていがった(なんじゃこりゃ)
だった当時なのですが。
やっぱり廃業ですか・・・両方とも
そりゃ生き残っていけんわな~

nepontsuruya

鶴矢食品研究所はJR神戸駅の近くにあり
いかにも『研究所』、瓶のケースに囲まれた作業所で
社長の上田安子さん('07年現在68歳)が黙々と作っている
同社は上田さんの義父が'54年に創業。
メディアで色々言われているものの、
一本一本手作りだ。

もともとは製菓店だったが、品質の悪いのが当たり前の
清涼飲料水に風穴を開けようとネーポンを作り始めたらしい。
(が・・・今となってはどうなのか・・・)
瓶のデザインは多少変化したが、味は40年以上、
ミカンの果汁を使っていることは変わっていないという。
甘酒は米を炊くところからはじめ
経験をたよりに二日かけてつくる

ソーダ水や瓶詰のぜんざい、ノンアルコールの甘酒などを
主力商品に、大阪や神戸の喫茶店、銭湯、競艇場などに
販路を広げた。大手メーカーとの競争で零細業者が
相次いで倒れるなか、独特な品ぞろえで生き残った。
一部のネーポンの瓶には「ミス・パレード」のロゴがある。
昔あった商品の名前だ。別の業者名が刻まれた瓶も。
「もったいないから」空き瓶の回収を重ね'54年の創業以来
ずっと使っているものもあるという。

'80年頃までは家族と従業員の計約10人が働いていた。
繁盛記には連日、3000本以上を生産したという。
'90年代前半にメディアで取り上げられ時代遅れな感じから
幻のジュースと注目された。
が、'95年の阪神大震災で、お得意さんの小さな喫茶店が
軒並みつぶれたらしいのだけど、これに
10年前オバアチャンが入院したとかで廃業になった
アジアコーヒも含まれるんじゃろーなー(しんみり)

翌年には、2代目で夫の裕久さんが64歳で亡くなった。

最近、レトロな瓶が人気となって返却率が悪くなり、
足りなくなったのと(これがネーポンが持ち帰り
1000円のナゾの理由かも)
新たに瓶を注文するほどの余力はなく、
上田さん自身の体力の限界もあり店じまいを決めた。
昨年、廃業の話がネットなどで広まると、
全国からファンが訪れるようになった。
後を継ぎたいという申し出もあるが
「商売になる見込みがないものは
任せられない。残念やけど」。

と清くこだわる上田さんの引き際がいい。
ちなみに、鶴矢の跡地はマンションになるらしいのですが
ホントでしょうか
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テーマ:昭和文化 - ジャンル:サブカル

【 2007/02/26 16:06 】

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