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三宮のボビーさん、再起へ一歩

bobbyinsannnomiya

『ホームレスは与えられるばかり、全てを失った人にさえ
喜んでもらえたあの時が、どれだけ嬉しかったかわかるかい』


12年前の阪神大震災の事をこう語る人がいる。名はボビー
53歳、震災の時にボランティアに駆けつけ、街の復興が
進むにつれ生活は荒み、ホームレスになってしまった。
三宮市の支援団体の支援で、簡易宿泊所に入所して
働いていることもあるが、いつまたホームレスになるかも
しれない。

ボビーさんは、占領下の沖縄で米兵と日本人女性の間に
生まれ父親の顔を知らずに育ち、継父だった米兵と共に
6歳の時、転勤でハワイへ、19歳で陸軍に入隊し
ベトナム戦争で負傷し帰還した。
米国の永住権を持つが、国籍は日本、フィリピンで暫く
暮らし'92年に一人で来日した。人生にも心にも傷を
負ったからこそだろう。

阪神大震災を知ったのは東京の金属工場で働いていた時
じっとしていられなくなり、社長とやりあい、会社を辞め
カップめんを抱えて、日本語もろくに話せないまま
神戸へと旅立った。

神戸市灘区でボランティア『神戸元気村』の代表を務めた
山田さんはそんなボビーさんをよく覚えていたという
毎日数千人の炊き出しのためにまき割りをし
英語とタカログ語で超過滞在のフィリピン人の被災者の
相談にも乗り充実した一年だったという

しかし、救援活動から一年たち、荷役や、英会話講師
神父のバイトを経験する中、神戸に再開発の波が訪れると
『疎外感』を感じるようになったという。
日本人の恋人の死も重なり、'05年夏には仕事も部屋も失い
財布を盗まれ、ハワイにいるはずの孫の写真も
無くしてしまったという。
そして、何もかもなくした中で、ボビーさんの『再出発』が
始まった。アルコール依存症におぼれかけた彼が治療に
治療にのりだし、仕事も見つけ出した。
それはいつか来るであろう『大切はこの思い出の
この街を守れる自分であるために』

だらだらと自分を慕ってくれている人の『好意』に甘える
だけでは『一歩』は踏み出せないのだと。
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テーマ:兵庫県 - ジャンル:地域情報

【 2006/12/08 11:31 】

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