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スパイ小説のモデルにもなった『顔のない男』

markuswolf

実在のスパイはジェームス・ボンドのように華麗で
目立つ男であってはいけない。
しかし『明らかに』スパイとわかる男であってもいけない
冷戦時代、西ドイツはある一人の『顔写真のない男』の
存在に脅かされてきた、暗号名は『ミーシャ』
その男の名はマルクス・ウォルフ。

旧東独国家保安曲のスパイ機関、諜報局長などを33年勤め
西側にスパイを大量に送り込んだ。
その手口は時に冷徹非情、多言語を操り、声色も変える
知的でハンサムな手下を家庭に問題を抱えた西側の
女性の元へ送り込み、愛をささやかせ、吐かせる行為は
『ロミオ戦略』と呼ばれた。
西側のスパイを寝返らせたのも一度や二度にとどまらない
'74年、時の西独首相ブラントが辞職したのは、彼の
配下のスパイの工作だったという。

『私の行為は祖国への忠誠心』
『私と共に西独のスパイも裁かれなければならない』

と国家反逆罪で裁かれた裁判で理詰めの反論を展開。
一部の罪状を除き執行猶予付きの禁固刑を受けただけで
スパイ裁判は中止された。
そんな彼の素顔はどういうものだったのか

企業エリート幹部を思わせるダンディな紳士だった
南西ドイツに生まれ、父親がユダヤ人で、ナチの迫害を恐れ
ソ連へと渡り東独建国'52年頃、30歳の若さでスパイの元締めに
独国統一後に国外逃亡、その後に逮捕覚悟で帰国したという。

ベルリンの壁崩壊の17周年目に死した彼の葬儀には1500人が
参列、その中にロシア大使の姿もあったという。
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テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

【 2007/01/08 11:28 】

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