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さよなら『丸物』もとい『プラッツ近鉄京都店』

marubutsu

『いつツブれるのかな~』と地元住民に危ぶまれ
とうとう'07年2月末に某ヨ○バシに売却決定となった
『近鉄百貨店京都店』通称プラッツ。これが
『丸物』というダサい名前の
百貨店だったのはご存知だろうか。
'20年(大正9)に創業した丸物(当時は『京都物産館』)は
'31年(昭和6)に『丸物』に社名変更、この建物は戦争前に
渡辺節氏の設計で建てられた。
彼は大阪綿業会館の設計者でもあり、昭和レトロ建築の
担い手の一人でもあった。
『近鉄百貨店』は大まかに分けて
中林仁一郎が創業した『丸物』から展開した百貨店と
『近畿日本鉄道』がテコいれした百貨店と二部門に別れ、
前者で現存するのは情けない話、『京都店』ただ一つ
創業者の中林氏の生存中は、丸栄などを共同出資の形で
創立したり、『丸物』も岐阜支店を皮切りに
池袋駅ビル(現在のパルコ本館)に進出を進めたが
中林氏の死後は業績も悪化、一族モノの悲劇をたどる形となる
一方の、『鉄道事業』サイドも、'91年~'98年まで
自社沿線に出店ラッシュを重ねたものの'01年に東京店の
営業権を三越に譲渡。
現在、東京店は大塚家具が、岐阜支店は中日新聞社の支店が
入っているらしい
これにより、バブル期の事業計画を見直した近鉄は
『沿線内の小規模出店+採算の取れない 店舗の閉鎖』
に特化する形となる。

ハッキリいってここ十年間、『近鉄京都店』をとりまく
大手百貨店の事情は『最後の丸物』にいかにも
京都人らしく(オイ)時代遅れやしツブれてくれ
とデパートに行くのが生きがいの若作りママからの
『ひそやかな仕打ち』を食らった格好になった
目の前に出来た『JR京都伊勢丹』に客をまず奪われ、
ミレニアムをすぎると、ダイヤモンドシティ・ハナ、
COCON烏丸、新風館などの複合施設に押され、JR駅周辺から
客層は阪急沿線になだれ込み、大丸、高島屋が改装し
どうしようもなくなった…

その京都店がかつて『丸物』だった頃、どんなものがあったのか
かつてここは七階建ての建物の6階が結婚式場で、7階は映画館
だったらしい。
結婚式場は'71年まであったそうだから、現在の団塊世代
の方にはもしかしたら記憶にあるかもしれない
TVもなかった時代、お正月は映画館だけはやっていて警察官が
暴動を押さえるために待機していたそうだ。
デパートの屋上が映画館というのは珍しくなく、今その名残を
残すのはHEPナビオ(旧ナビオ阪急)の上のナビオTOHO
(旧北野劇場)のようなものである。
kinntetsutower

勿論、当時は『京都タワー』のような建物もなかった
ので『このあたりにある一番高い建物の上に飛行機の
航空路を示す灯台が必要』というので『丸物』の屋上に
灯台が戦後暫くまで設置されていたらしく、その
レプリカが懐古展で売られていた、が価格が30万
…思い出深い人は買うんだろうなぁ…。
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テーマ:おこしやす!京都 - ジャンル:地域情報

【 2006/11/24 10:13 】

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