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オペル日本撤退

原産国ドイツ、'29年以降からGM傘下の『オペル』が
'06年内で日本から販売撤退するらしい。
経営不振が続くGMのブランド再編成が目的らしいが
買収しといてそりゃないだろう
…こういう形で日本に来なくなっちゃったクルマって
何台あるんだろう…リアスタイルが『絶壁』なクライスラー
だってマニアが撤退を聞いて慌てて買いに走ったのか
今、近所の駐車場で沢山見かけるし(爆笑)
オペルの創業はかなり古い。
1862年にドイツでミシン屋さんに始まり、自転車屋さんで
成功したオペルさんという人が1885年にお亡くなりに
なられて創業者の二代目のアダム・オペルさんが
1898年にフランスのダラックと技術提携して
『オペル・ダラック』で売り出したのが始まり。
ダラックは当時フランスを代表する
大衆車だったしルノーなどと提携してたのもあったそうで
ダラックのボディにオペルのエンジンという光○自動車
みたいなコトだったのですね。
で'05年あたりからオペルが独自の技術で作れるようになり
独立。'10年には年間生産数千台のドイツ最大のクルマメーカーに
さらに'24年にはシトロエン5CVをお手本にラウスプロッシュを
発表。951cc 12PS 3速で当時 最高速度70KM/hを記録した
このモデルは『ホルクスワーゲンビートルの先駆車』とも
言われていた。
が、'29年、第一次世界大戦後、米国GMの傘下に入ってからは
大人しい車の作りになってしまったのは拒めない。
どうみても、この時代からの歴代オペルはフツーのハコ車
なのだ(汗)
そんなオペルが日本に入ってきたのはバブルが終わった'93年
不況突入の前に堅実を求める広告代理店の新入社員には
BMWよりオペルの方が堅実に見えるだろう…の読みだろうか
ピーク時には年間3万台売った売り上げが、今では1796台と
光○自動車の限定生産も青くなる売り上げだ
[ GMは今後、『シボレー』『キャデラック』『サーブ』
『ハマー』を売り出すことを発表。
『オペル』は為替の安定しているユーロ向けオンリーの
商品とするらしい。
それなら『ラウスプロッシュ』を現代風にモデルチェンジして
カ○ロス・ゴーンに販売権でも売りつけて販売して
くれればいいのにと思うカーマニアでした。
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テーマ:旧車 - ジャンル:車・バイク

【 2006/06/12 17:56 】

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コメント

--- ベクトラよ永遠に ---

斜体の文去年まで母国のDTM(ドイツツーリングカー選手権)でメルセデスやアウディを向こうに回して大活躍していたオペル、ベクトラをドライヴしていたエースは日本でも馴染みのある元F1レーサーのハインツハラルドフレンツェンでした。日本の地上波でも、アレジやハッキネンなど日本びいきの元F1レーサーがマジ走りしてるこのめっちゃ面白いDTMを放送してたら、オペルの売り上げも違ったかも知れません。正真正銘のハコです。
Matt’s dog   *  URL[編集] 【 2006/07/04 02:17 】
--- どうもアメリカ資本だと ---

アメリカのことしかアタマにない戦略になってしまうんでしょうかね。
オクルマも米国でしか売れない豪快さ重視で、
アメ車もアレはアレで好きですが、欧州あっての車でも
あるんですもの。
サッカー、今回欧州勢が生き残ったのを米国は
どういう目で見てるんでしょうか。
中田引退。
stringfellow  *  URL[編集] 【 2006/07/04 16:27 】

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