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『ホテル・ルワンダ』のホテルマンの真意

hotelruwanda

14日から『ホテルルワンダ』が公開になる。
'94年にルワンダで起きた大虐殺の中、1200人の命を救った
ホテルマンの話である。
ルワンダの民族はフツ族とツチ族に大分され、第一次世界大戦でベルギーの支配下となったこの国は、白人の考えで、ほんのわずかに肌の色が薄かった事と、民族として大きかっただけでフツ族が教育、経済で優遇されてしまうこととなった。二つの民族が内部抗争を続け怒りが爆発したのが、'94年のルワンダ大虐殺。が、アメリカをはじめヨーロッパ、国連も『第三世界』のことと 目を背け、日の目を浴びたのは10年後、'04年12/22年の
シカゴトリビューンのインタビューだった。
ルワンダの首都ギガリにあるベルギー系高級ホテル『ミル・コリン・ホテル』の副総支配人、ポール・ルセサバギナ(Paul Rusesabagiba)は『ホテルマンとして当たり前のことをしただけ。ああいう状況下では考える暇がなかったことがかえって幸運だったかもしれません』と述べた。トロント映画祭で彼はこの映画の上映を見た後に、『人生最良の夜』と言ったという。
『今まで伝えたかったことがようやく日の目を見た』ということなのだろう。
'94年の4月の朝、外を見るとツチ族の隣家はナタなどで襲われ絶命していた。 街は首や手足のない死体で溢れ、自分はフツ族だが、妻はツチ族・・・妻を守る為にも車で脱出を図ったが民兵に止められ妻子を撃つように迫られ賄賂を渡してしのいだ、それが約100日間に100万人が殺された大虐殺の始まりに過ぎなかった。自らが副総支配人を勤めるホテルに逃げ込むとツチ族の人々で溢れかえっていた。警備の国連軍は撤退していく中、避難者は1200人に膨れ上がり、ホテルマンとして背水の陣を引きながら、はったり、 賄賂、有力者との取引で、
76日間拒み続け反政府軍に脱出した。
大虐殺の二年後、'96年にベルギーに亡命、今は運送会社経営の傍ら、
虐殺の真実を語り続ける。
その実体験が元となった映画『ホテルルワンダ』。
映画は高い評価を受け配給権が高騰、映画会社が二の足を踏んだが、
映画ファンの署名が集まり、日本公開にこぎつけた。
'06年1月初旬に映画の為来日。自らの平和のメッセージがつたわれば・・・という。
映画の中で、虐殺の始まる前、ポールが権力を握るフツ族の民兵リーダーの元へ食料を調達しにいくシーンがあるが、そこでポールは後で虐殺に使われる大量の鉈を見つける。それを民兵のリーダー、ジョルジュは得意げに、『これは 中国から安価で仕入れた』というのだ。ここに注目しなければならない。 アフリカの労働賃金は中国より安く叩かれているのが現状で、殆どの先進国の人間は途上国の人々は、教育も受けられず低賃金で働かされてるから国が栄えないとだけしか思ってないのではないだろうか
ここでつきつけられる現実は、当時、ルワンダには鉈さえ作れない、その労働力を先進国から買われることもない現実を画面から 突きつけられるのだ。もしも、彼らに鉈をつくる技術があったとしたら、あそこまで似ている民族間の虐殺は起きなかった。戦利品として頂戴したベルギーの思うままになっていたことにも気づいた人間もいたはずだ。どうして自分たちの労働力はベルギーに買われないのか、それを疑問に思うだろう。国際紛争の映画を見るときには『自分の目』でなく『土地の目』で見なくてはいけない。しみじみと感じる映画である。
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テーマ:絶対見てほしい洋画 - ジャンル:映画

【 2006/01/13 21:14 】

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