普段目にしたり聞いたりして興味を持った雑学を集めてみました。新聞からお笑い、TVドラマ、ふと目にするものの由来までどうぞ。

プロフィール

stringfellow

Author:stringfellow


フツーに雑学に興味ある方

歓迎します。荒らし、同人

客観的にモノ見れない方、

オコチャマ、アダルト等

マナー守らない方

お引取り下さいませ

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【 --/--/-- --:-- 】

スポンサー広告  |

『百万本のバラ』は実在した

ピロスマニピロスマニ
(1998/10/25)
アフタンジル・ワラジ

商品詳細を見る
全曲集「百万本のバラ」全曲集「百万本のバラ」
(1996/09/01)
加藤登紀子

商品詳細を見る

グルシアの東部、カヘティ、ピロスマニの故郷、ミルザアニ。
そこはグルシア・ワイン最高の産地であり、人口900人の
ミルザアニでもワイン畑が広がる。
その一角に、ソ連時代の1979年に開館したピロスマニ記念館がある。

1905年、パリからトビリシに巡業に来た旅芸人一座のフランス女優
マルガリータをピロスマニが好きになり、経営していた店の半分を
売ってバラを買い、女優の止まっていたホテルの前を埋めたと言う
しかし、女優はパリに戻り、恋は実らなかった。
ミケランジェロやラファエロのように、結局彼は生涯独身、
芸術が一番大事だったのでしょう・・・
そう語るのは記念館の案内係のエリザさん。

ミルザアニの農家に生まれたピロスマニは幼い頃に両親をなくし
トビリシの貴族の家で養育されたものの家を飛び出し、
30までに鉄道員などの仕事をし、その後、仲間と食料品店を経営し
一時期は繁盛したという。
歌の中に『家を売って花を買った』とあるのはそれもあるのかもしれない

ロシア文化テレビ局が'07年放映した、ピロスマニのドキュメンタリーで
それは『くつがえること』になる
'69年、トビリシの国立美術館からピロスマニの作品がパリに貸し出され
西洋で初の個展が開催された。
その会場にマルガリータ本人が現れたのだ。
あの肖像画の前に三日連続。
展覧会の準備にあたっていたグルシア出身の彫刻家で
ロシア美術アカデミー総裁のズラフ・ツェレテリ('08年当時74歳)は
ピロスマニが偉大な画家であるかを説明し、こういった。

『あなたを愛していたんですよ』
すると彼女は
『はっきり言ってくだされば・・・』といったという。

'07年、ロシアとグルシアは激しい戦火を交わし、
人々は言われなき戦争に巻き込まれた。
それは、マルガリータとピロスマニが失ったものに近いのではないだろうか。
スポンサーサイト

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

【 2008/09/21 12:55 】

Music  | コメント(0)  |

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。