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劇曲『焼肉ドラゴン』の中にあったもうひとつの昭和30年代

月はどっちに出ている月はどっちに出ている
(1995/01/27)
岸谷五朗崔洋一

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dragon1 yakiniku_dragon
『ALWAYS三丁目の夕日』があった頃、在日の人はどう生きていたのか。
その『答え』が『焼肉ドラゴン』にある。

劇の舞台は関西。
赤錆のトタン屋根の朝鮮人集落に『焼肉ドラゴン』がある。
店主の夫婦は3人の娘や中学生の息子、常連客たちと
貧しくけなげに生きている。
息子の独白からはじまる物語。
『おっちゃんらは昼間からベロベロ、おばちゃんらは亭主をコキおろして
共同水道の周りで一日過ごし、路地に子供の笑い声と泣き声があふれ・・・』

差別と偏見にまみれ、日本を憎んで韓国に恋焦がれ、
それでもこっちから離れられん・・・
そんな台詞が韓国語と日本語のチャンポンで飛び交い字幕がつく。

きっかけは東京新国立劇場とソウルの『芸術の殿堂』が合同公演する
この劇曲を書いて欲しいと、『月はどっちに出ている』の脚本を書いた
鄭義信(チョン・ウィシン)が頼まれたことがきっかけだった。
真っ先に思い出したのは自分の父親、鄭栄植(チョン・ヨンシク)の人生。
今は姫路市にすむ、父親は戦前日本に来て苦学し、軍隊に入り
戦後は金属回収業をしながら5人の息子を育てた。
『私らは日本に居候しているのだから』
在日は就職が難しい、資格を持てと言い聞かせた。
長男は薬剤師、次男は調理師、三男は歯科医師、五男は医師と
堅実な道を選んだ。
が、四男だった義信は劇団『黒テント』に衝撃を受け、父の反対を押し切り
同志社の文学部へ、そこも中退、新聞配達をしながら、横浜の
映画学校へ行く。
『あんたはどうしてオカネにならんほうへ行くの』と母親に嘆かれた。

劇の終幕ードラゴンの一家は再開発の為、町を追われる。
北朝鮮に行くもの、韓国へ行くもの、それでも店主は春の風に舞う
桜をみてつぶやく
『こんな日は明日が信じられる。たとえ昨日がどんなでも』

ソウル公演の最終日、義信はカーテンコールに両親を招いた。
拍手鳴り止まない中で迎えられる両親。
帰りのタクシーの中で父親は息子にこういった
『親孝行はカネをくれることじゃない。感動をくれることだな、ありがとう』
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テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

【 2008/08/25 19:35 】

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