普段目にしたり聞いたりして興味を持った雑学を集めてみました。新聞からお笑い、TVドラマ、ふと目にするものの由来までどうぞ。

プロフィール

stringfellow

Author:stringfellow


フツーに雑学に興味ある方

歓迎します。荒らし、同人

客観的にモノ見れない方、

オコチャマ、アダルト等

マナー守らない方

お引取り下さいませ

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【 --/--/-- --:-- 】

スポンサー広告  |

悲運の一年生エース『バンビ』~坂本佳一~

banbi
甲子園に『バンビ』が帰ってくる。
'08年の『甲子園レジェンズ』の11人の中に選ばれたと聞いた。
っても『バンビってダレ?』という人の方が多いかもしれない。
アタシも10程上の友人から『バンビ君っていたのよねー』と聞いて
知ったという。

『バンビ』ってのは試合後でついた愛称で・・・
お名前は坂本 佳一(よしかず)さん。
今は岡谷鋼機に在籍しながらNGO法人、
『フィールド・オブ・ドリームズ』を設立、少年野球教室を開いている。
甲子園でヒーロー扱いを受けた選手が必ずしも
順風満杯な人生を送れたわけでなないという
その一人でもあった。

野球を始めたのは阪神ファンだった父親のことで、中学までは打者だった。
体力不足のため名古屋電気(現:愛工大名電)の推薦を得ることができず
一般入試で東邦へ、その夏が彼の運命を変えた。

阪口慶三監督に肩を見込まれ投手に転向し、1年生時から
エースとして登板。
'77年の五試合を一人でひたむきに投げ続ける姿勢が
好感を呼び、『バンビ』と愛称がついた。

『得意な野球で緊張する方がおかしいという感覚でした』
県大会決勝で愛工大名電と対戦したあとリベンジ勝ちしてからは
彼にとっての『甲子園』は『肩の荷が降りた』感じだったのだ
しかし、運はそこまでだった。
決勝戦、東洋大学姫路に延長10回裏二死二塁四番打者との勝負
サヨナラ負けをして、取材攻撃、すぐ閉会式、
甲子園の土を持ち帰る間もなかった

法大では猛練習にで体を壊し、1年から補欠続きの思いをし、
大学卒業後、日本鋼管(現:JFEホールディングス)に入社したが、
わずか2年で現役生活にピリオドを打った。

一年生からレギュラーだった高校生時代、アルプス席にいた
3年を少しでも思いやったことがあったろうかと。
その気持ちがあの時にあれば、あの時、サヨナラ負けしてなかった・・・

甲子園に出る一年生には、それを何より感じてほしいと思うという。
『自分の運のよさは他人の犠牲のもとに
成り立っていることもあるんです』
フィールド・オブ・ドリームス ― コレクターズ・エディションフィールド・オブ・ドリームス ― コレクターズ・エディション
(2002/04/05)
ケビン・コスナーエイミー・マディガン

商品詳細を見る
スポンサーサイト

テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

【 2008/08/06 21:39 】

sports  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。