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『ゴジラ』の作曲者逝く

ifukube

映画のサントラを聞いていて思うのが、
『クラッシックは確かに大事なんだけど、
クラッシックの基礎+何かのある人が手がけた
曲は惹かれる何かを感じる』ということ。
吹奏楽コンクールで『宇宙戦艦ヤマト』の
テーマソングをキメに持ってくる学校があるのも
ロカビリーの歌手がああいう歌を歌ったからなんだろう
なぁとか、『スターウォーズ』のテーマにしても、
ジャズをかじった人が作った曲だから、ゴチゴチの
サントラにならなくてすんだのかなとか、
曲を作るのには『基礎の要素+アルファ』があると
面白い。名バーテンダーと呼ばれた人が、かつて違う
職業を目指してて、この業界は資金稼ぎの腰掛けの
のつもりで入ったら抜けられなくなったように。
そんな、『ひょうたんからコマ』ではないが…
戦後の映画のサントラの中でも異色だった一つが
『ゴジラ』それを手がけた、伊福部昭さんが
'06年2/8日、多機能不全でお亡くなりになられた
91歳だった。
伊福部さんのディスコグラフィーの中のほんの一部に
すぎないはずの『ゴジラ』のサントラが、特撮映画
ファンにも彼の名前を知らしめることになる。
最初このサントラを聞いたとき、まだ物心も
つかなかった+原子力でああなった怪獣ゴジラという
怪獣の設定もあって
なんでこんなコワい音楽作るんだろうな
というのしかアタマになかったのですが…
伊福部さんの音楽のルーツは、アイヌにあったそうです
北海道釧路市生まれ。'23年5月小学校三年の時,
アイヌ人と東北からの移民が半分の村十勝原野の音更
(おとふけ)に移住したことが彼の後の『曲風』を
決めることとなる。彼の父は、彼を土地の子供たちに
触れさせバイオリンとギターを習わせた。
アイヌ語で、シャアンルル(漠然とした大洋)と
呼ばれる寒村

「少年の時に、アイヌと日本の音楽は
どうしてこうも違うんだろうと、人種が違うと
こんなにも美観が違うということを、ちょうど
外国で育ったように決定的にたたき込まれて
しまったわけです。となるとヨーロッパの
美観などという、我々の血液にないものに
追随してもしようがないのではないか』
後に彼は語る。
幼いころからアイヌの歌や踊りに触れ卒業後は北海道の
林務官などを務めながら、リズムが躍動し土俗的な
エネルギーに満ちた作風を確立。
旧制中学から独学で作曲をはじめ北大農学部在学中に
作った「日本狂詩曲」が'35年、パリで開かれた
作曲コンクールで1位になる
など、若くして
国際的な注目を集めた。
「土俗的三連画」「交響譚詩」などのオーケストラ曲、
少数民族に題材を求めた声楽曲「ギリヤーク族の古き吟誦歌」
などの力作を生み出した。
この人の場合、クラッシック+土俗的作風の音楽が、
あの名作『ゴジラ』を産んだのかもしれないです。
戦後、東京音楽学校(現東京芸大音楽学部)や
東京音楽大学で教え、芥川也寸志、黛敏郎、松村禎三
ら多くの優秀な作曲家を育てた。
 その一方で、「ビルマの竪琴」「釈迦」など300本を
超す映画音楽を手掛け、映画音楽の名手とうたわれた。
30本以上の怪獣映画の音楽を担当したことで、
クラシックファンを超えた知名度があった。晩年は
再評価が進み、多くの演奏とCD化が行われた。
『音楽は生活の中にあるもの』というのが彼の観念の
一つにあったかもしれない。
昔の曲のリミックスの横行する今、オリジナルを作ることの
意味はどうなのだろう。
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テーマ:音楽・映画・アニメ - ジャンル:ブログ

【 2006/01/28 21:50 】

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