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麻薬王の父の罪への贖罪

fansebascianmarokin
コロンビアの麻薬王の長男が犠牲者の遺族を尋ねる贖罪の旅に出かけている。

'70年代に『メデジンカルテル』と呼ばれる麻薬取引の犯罪組織を
築き、最盛期には世界のコカイン市場の8割を占めたと言われる
コロンビアの麻薬王、パブロ・エスコバル。
経済誌フォーブスで『世界で10指に入る富豪』と位置づけられたことも。
コロンビア大統領候補者を殺害したり、航空機やビルの爆破
『父のせいでなくなった犠牲者は3000人から4000人に近い』

長男で建築家のファン・セバスチャン・マロキンさん('10年現在33歳)は
元の名をファン・パブロ・エスコバル、父親と同じ姓を持つ
自分には優しく良き父親で、幼い頃は麻薬取引の中心のコロンビア西部
メデジンの豪邸で暮らしていた。
邸内に動物園があり、カバやシマウマがいたという
週末には地元の家族連れが訪れ、
多い日には一日に25000人も自宅に来る程だった

『貧しい家に生まれた父は麻薬取引でもうけた巨万の富で、
貧しい人々に5000件の家をたて、国会議員にもなった』

しかし道理に反することで慈善をしても批難される。
マロキンさんが7歳の時、父を麻薬密売業者と批難した当時の法相
ロドリゴ・ララ・ボニーヤが殺された
父親が殺したと発覚して以来、ライバル組織との抗争や
コロンビア当局との抗争が激化、家族で逃げ回るようになる。

16歳のある日、父が殺された。
影響力のある父を失い、裸一貫で放り出された母と幼い妹と三人
国外に亡命しようとしたが100カ国以上の国にビザ発給を断られた。
名前を変え素性を隠し、アルゼンチンのブエノスアイレスで暮らした。

大学を卒業後、建築家に。
『父の壊してきたものを僕は立て直したい』

'04年、父エスコバルの被害者と加害者の双方の視点からドキュメンタリーを
作りたいとアルゼンチンの映画監督から申し出があった。
半年考え受け入れた。
父が殺したボニーヤ法相の息子に謝罪の手紙を書いた。
面会して謝りたいと頼むとコロンビアからアルゼンチンまで訪ねてくれた。
親が敵同士だった2人の面会の瞬間をカメラが捕らえた。
これがドキュメンタリー映画『父の罪』になって世界中で上映され
欧州や南米のドキュメンタリー映画のフェスティバルで賞をとった。

これまで会った遺族は40人程。
これからも続ける予定だという。
『過去は変えられないが未来は変えられる』
『父は貧しさのために進学できず麻薬の道に進んだ。貧しくても
高等教育を受けられるようになればコロンビアにも平和は訪れる』
贖罪の旅を続ける麻薬王の息子はこう語る。
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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

【 2010/09/28 16:54 】

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