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『原爆は正義』を疑い平和運動に向かう元海兵隊員

patric_cofi.jpg
'07年に開催された『ヒロシマ・ナガサキ原爆展』に心を動かされた
米国の元軍人と若者たちが、『核兵器のない世界』の
実現に向けてキャンピングカーで米大陸横断する計画を立てた

『原爆は正義』を米国が疑わないでどうする。これは命を張った旅だ

'09年5月に国連本部で核不拡散条約(NPT)が再検討される前に
核廃絶の世論を盛り上げる。
西海岸からキャンピングカーで寝泊りしながら東海岸まで約3ヶ月
学校や教会に立ち寄り、原爆写真や絵、被爆者の証言を紹介
広島、長崎の若者にも呼びかける

計画しているのは、米イリノイ州エバンストン市の退役軍人、
パトリック・コフィさん('08年現在35歳・写真左)ら、
20代~30代の男女3人
シカゴ、デュポール大の卒業生だ

米海兵隊員だったコフィさんは、18歳から湾岸戦争後直後のクウェートや
沖縄に駐留。
核兵器については海兵隊仲間で口にすることはあまりなく、
米国が自国の安全のために保有しているという程度の認識だったという。
退役後の05年、入学したシカゴのデュポール大の講義で
被爆者の証言を聞き、その後、広島、長崎を訪れ
「大きな悲しみと恥ずかしさを感じた」と振り返った。

熱線で焼け爛れた子供、生き残っても放射線被害で苦しむ女性
米国の殆どの人間は
『原爆投下は第二次世界大戦を終結させ多数の命を救う
やむをえない手段』と思い込んでいる。
その下で起こっていた現実に足がすくんだ、米国が目をそむけていた現実に

パトリックさんらは、原爆展の二ヵ月後に、広島と長崎を訪問
原爆資料館を見学。
広島・長崎両市長が呼びかける国際NGO「平和市長会議」に、
シカゴやエバンストンの市長を参加させる署名活動もした。

仲間のマーガレット・ミラーさんは
『貴方の命があるのは原爆のおかげ』と家族に教えられていた
太平洋戦争で従軍した自分の祖父やフィリピンで旧日本軍の
捕虜になり大阪の収容所で息をひきとった

被爆証言を続けている、松原美代子さん('08年現在76歳)は
米ソが核開発を競っていた'82年に、米国の平和運動家と
二ヶ月間米国内を移動し、16州29都市で核廃絶を訴えた
『若者が私たちの意思をついでくれるのはうれしい』と話す

コフィさんは'09年8月1日の国際平和シンポジウム
「核兵器廃絶への道~2010年NPT再検討会議に向けて」
に招聘され
被爆者に耳傾けようという題でトークセッションを行う
『米国の祖父母の代は第2次世界大戦について話をしたがらない。
彼らは何も語らないまま亡くなり、戦争の記憶もなくなってしまう。
苦痛なのに積極的に話をしようとしている被爆者の姿に心を打たれる」

とコフィさん。
困難からあえて逃げないことこそが、本当の日米関係だと彼は語る。
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テーマ:世界恒久平和を実現しよう - ジャンル:政治・経済

【 2009/06/15 17:22 】

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