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自分の国の過ちを認めるのが愛国心


世界中が、ワケ判らんままに『魚の方がカラダに良いらしい』
と、余計なコトに目覚めたお陰で、200海里以来の漁業危機に
立ってる日本。
昔は『猟師』というと、『200海里』もへったくれもなかった
から,近海漁業以外は遥かロシアまで行って、運悪ければ
帰ってこれなかった人もいた。そこまでして、日本の食卓は
支えられてきた。

日本の反核運動の引き金となった『第五福竜丸事件』も
まだ『200海里』が制定されていなかったことや、
猟師たちが、何としてでも自分たちが国に戻ることで
事実を白日のもとにさらさなければという使命感で、本日まで
ささえられて来ている。'06年現在、乗組員の内11名の方が
存命だが、重い障害は隠せない。
時は、’54年3月1日。太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁沖で
アメリカ水爆実験にあった,規模は広島原爆の11倍。
遠洋マグロ漁船『第五福竜丸』の乗組員23人が被爆。
半年後、、無線長の久保山愛吉さんが亡くなったことが、
きっかけとなった。
その六年後、画家ベン・シャーン(1898~1969)が
『ラッキー・ドラゴン・シリーズ』と題して、第五福竜丸の
絵本を描き出し、今回、翻訳に当たることになった、
今回、東京在住の詩人、アーサー・ビナードさんが幼少の頃
原書を目にすることになった。

ビナードさんにとって乗組員全員の帰還が不思議で
ならなかったという。
『軍事機密に触れた船を米国が察知すれば撃沈したはず。
それを帰港まで明かさなかった。あれほどの危機的状況の中で
冷静に行動し事件を世間に手渡した。
核の冬を今、回避できるのは23人のお陰といっても過言じゃない』
その中でこんな一文がある

『久保山さんのことをわすれないと/ひとびとはいった/
けれど、わすれるのを/じっと待ってるひとたちもいる』


米国人は事件を知らない、日本の若い世代の人は知らない。
健忘症社会の中、『マズいことは忘れよう』と
しむけられている恐ろしい世の中になりつつある。
その中には、原作者の画家、ベン・シャーンがこめた
メッセージもある。
米国が各地で戦争をふっかける度に、どこかの国で民主主義が 壊れていくと。またビナードさんはこう語る。 『僕が、イラク戦争は侵略だと言えば、米国人なのに反米ですかと 言われた。批判こそ本当の愛国心なのに』
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テーマ:Amzonマーケットプレイスで売れた本 - ジャンル:本・雑誌

【 2006/09/26 12:48 】

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チッソ、負い続ける『負債』

普段このPCやTVを観ている画面。液晶画面(display)の種類として
STN(DSTN)方式とTFT方式があるのだが、今は価格+画質において
TFTが原材料でえドイツのメルク社と日本はシェアを二分にする
が、『国際力のある液晶画面を作る技術』を持っている会社が
水俣病を引き起こしたチッソだと知っている人間は
どれだけいるのだろうか。
'06年は水俣病公式確認から50年の節目にあたり、チッソの創立
100年という皮肉なめぐり合わせでもあった。
水俣病という、最大公害病の負の遺産を背負い、
公的支援を受けながらの会社存続をしつつも、
患者の完全救済は棚上げ状態にあるのは遺憾でもある。

チッソは水俣で'1908年水力発電で肥料用の石灰窒素を
生産する会社から総合科学メーカーとして発足。
ここから後の旭化成、積水化学工業も生まれていった。
水俣病の発生は化学製品の材料だったアセドアルデヒドの
製造過程で流出する有機水銀を含んだ魚を食べた
住民が死亡、障害に陥ったことに始まる。
が、大量に患者が出たのは'53年
この時に触媒を変更し、前の触媒である二酸化マンガンを
地元の海に投棄したため、二酸化マンガン+無機水銀+
海中の細菌によって有機水銀に変わったという説もある
いずれにせよ、廃棄物をそのまま放棄する姿勢が
戦後最大の公害病を招いたともいえた

製造をやめたのは発症から12年後、経済成長を優先し
排水を規制しなかった行政にも非難の声があがった。

当時の悲惨さを知る社員は既に退職しているにも関わらず
現在、チッソでの新人研修で水俣病についての研修は
わずか半日。それも資料館の見学程度で、患者を
目の当たりにすることはない。
国からの借金と、患者への保証金へもあわせても
『黒字を出し続けたとしても完済まで100年かかる』
普通なら倒産、が、倒産さえも許されない会社の意味は
どこにあるのだろうか。

テーマ:企業経営 - ジャンル:ビジネス

【 2006/09/20 18:18 】

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『どっちの料理ショー』9年半のロングランに幕

『地デジに生き残ってくれるかな~』と僅かな期待を
かけていたグルメロングラン番組『どっちの料理ショー』が
9年半の歴史に幕を下ろしてしまった。
いつも、会社から残業ヘロヘロで帰ってくるとこの番組を
やっていて、これをみながらゴハンを食べるのが唯一の
楽しみだった身として
他人の陰口と家庭内のイザコザで盛り上がる某『渡る世間
シリーズ』が続く方がシャレもヘチマもならないのだ

原作者の橋田なんとか…くたばってくれないかな…
例え昔好きだった倉○クンが出ても、イヤなものはイヤなのだ
それはおいといて。『どっちの料理ショー』
実は初回から見てました(爆笑)
前の『料理ショー』はどっちがどの料理を担当するか
わからないのがあって、『こっちなのか~まいったな~』」
という顔をする双方の表情を見るのもいがったです。
いやはや…数々の名場面ありましたが、ラーメン、
カレー、丼、
この三つの回は必ずといっていいほど盛り上がりました。
出てくるシェフも『ムリヤリ』出てるというタイプでなく
『メンツにかけて負けられるか』とガチンコ勝負なのが
よかったし、『特選素材』『おいしいお店』も紹介して
くれるところもよかったです。ただ、番組後半になると
いいシェフを雇わなければいけない分、どうしても
パネリストにバカっぽい、ギャーギャー騒ぐしか脳のない
グラビアアイドルや、もう売れないタレントを呼んできてる
ぐらいなら、前のスタイルで一般募集者も出せば、
極端に多すぎるオバカなパネリストがなくてよかったかも
最初は、パネリストが分かれるタイプで、レギュラーの
草薙君が(初めてのレギュラーだったねぇ)
四回連続で食べれなかった時には『貧乏神草薙』と
と言われてたり(涙)『よく呼ばれるゲスト』の一人、渡辺徹は
最終回にして25連勝でしたっけ?負け知らず。有終の美でした
司会者の三宅さんと関口さんの相性も抜群で、
勝敗も205:206とイーブン
最終回の親子丼とカツ丼の対決が『引き分け』でなく
『この番組は負けると食べれない』というルールを知ってる
ので、全員『親子丼』にいったのはスゴかった(爆)
次番組は『どっちの旅ショー』らしいですが、
『どっちの料理ショー』が9年半やってる間に『旅にでる
人間の方が、家で食事する人間より多くなったってコト
でしょうか。私は外であまり沢山食べると体調を崩すのと
旅行が嫌いでお取り寄せが好きな父親に育てられたので、
やっぱりわからないっす。

テーマ:懐かしいテレビ番組 - ジャンル:テレビ・ラジオ

【 2006/09/15 09:23 】

Food  | コメント(2)  | トラックバック(0)  |
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